三叉神経痛は、10万人につき4~5人といわれており、高齢者とくに女性は男性の倍位みられます。三叉神経痛は顔の表面の痛みで、数十秒の激烈な痛みが発作的に襲います。
三叉神経痛の特徴
外来に顔面神経痛になったと訴えていらっしゃる患者さんがいらっしゃいますが、顔面神経というのは顔の運動神経ですので、医学的に顔面神経痛という病気はありません。顔面の感覚は三叉神経という神経がつかさどっていますので、顔面の痛みは三叉神経痛とよばれています。
三叉神経は大きく3つに分かれています。第Ⅰ枝(眼神経)が目から上、第Ⅱ枝(上顎神経)が目と口の間、第Ⅲ枝(下顎神経)が口から下です。この各分枝、または全枝領域に突発的に激痛または電撃痛がおこり、数秒後には消失します。このような痛みの発作は、全く突発的に起こる以外に、三叉神経各枝のトリガーポイントと呼ばれる部分の刺激により起こます。トリガーポイントは人による違いはありますが、瞼の上、鼻腔の横、唇の端などにみられます。トリガーポイントをちょっとでも触れると激痛が走るので、医師にも触らせようとはしません。 このため、患者さんは話したり、食事をしたり、ヒゲを剃ったり、歯をみがくこともしなくなります。発作がないときには痛みがまったくないのも特徴です。三叉神経は歯に分布しているため、虫歯の痛みと間違われることも多く、虫歯の治療をしたのに良くならないと訴えて来院される患者さんもいらっしゃいます。
三叉神経痛は名前のとおり神経痛です。三叉神経は末梢神経に含まれますが、末梢神経というのは活動電流が流れて、神経の末端で神経伝達物質を出します。三叉神経も何万本という神経がばらばらに伝達物質を出しているので、顔の感覚を持続的に脳に伝えています。ところが、機械的刺激などで全体の三叉神経末端から神経伝達物質が一気に出ると三叉神経痛が起こりますが、三叉神経の末端から、しばらくの間は神経伝達物質を出すことができなくなります。したがって、三叉神経痛の特徴というのは、一度、痛みが始まるとだいたい30秒で神経伝達物質はなくなり、発作が止まります。そして、しばらくして神経伝達物質がたまってくると、また激しい痛みが起こるというのが三叉神経痛です。
三叉神経痛の原因
三叉神経痛の原因についてはいろいろ論議があります。Trousseauという医者は、三叉神経痛と臨床症状の類似性から、てんかん様神経痛と考えました。しかし最近では、三叉神経痛の原因は“末梢性の原因”であると考えられています。簡単に説明すると脳の奥の脳幹部というところにある橋から数mm以内の三叉神経根部(三叉神経が脳から出てきたところ)で、脳動脈硬化によって蛇行した動脈が三叉神経を圧迫しているために三叉神経痛が起きると考えられています。
もう少し詳しく説明しますと、この三叉神経の根部分は中枢性ミエリン(神経を包んでいる鞘のようなもので髄鞘ともよばれます)から末梢性ミエリンへの移行部で、最も弱い部分です。この部分が各種動脈による圧迫により分節的脱髄(神経を包んでいる鞘が痛んでしまうこと)により人工的に異常な神経結合がおこり、過敏になった三叉神経が反応して三叉神経痛が起こると考えられています。
三叉神経を貫通するような動静脈の異常走行、動脈瘤、脳静脈奇形、血管腫、ゆっくり大きくなる腫瘍で神経を圧迫・屈曲伸展させ上記と同様の機序で三叉神経痛が起こることもあります。三叉神経痛の5~10%が良性脳腫瘍(類上皮腫、髄膜腫など)によりおきていることもわかってきました。MRIで、三叉神経を圧迫している血管が原因ではなく、脳腫瘍が原因となっていることもありますので、三叉神経痛の患者さんはMRIにより脳の精査を受けた方が良いとされています。
三叉神経痛は、そのほかにも色々な原因でおこります。遺残性原始三叉動脈、キアリ奇形という小脳を中心とした奇形、ヘルペスなどのウイルスによる炎症なども原因として考えられています。多発性硬化症という神経の病気でも三叉神経痛は起こり、若年者に多く、両側性が多いといわれており、この場合でも三叉神経核(三叉神経が出てくる大もとの部分です)に作用するのでなく、神経根に作用するものと理解されています。
三叉神経痛の治療法の種類
現在、三叉神経痛の治療法には大きく分けて4つの方法があります。内服薬による治療、神経ブロックによる治療、手術による治療、ガンマナイフによる治療です。
三叉神経痛に対する神経ブロックによる治療は、顔の神経が頭蓋骨からでるところで三叉神経をブロックする方法と三叉神経の走行の元である三叉神経節を神経破壊薬・熱凝固でブロックする方法、三叉神経節にグリセリン注入する方法があります。
内服薬による三叉神経痛の治療
三叉神経痛をTrousseauという先生はてんかん様神経痛と考え、抗てんかん薬であるカルバマゼピンやフェニトインという薬で治療しました。いまでもカルバマゼピンという薬が、三叉神経痛にはまず処方されるようです。良く効くことが多い薬で、約50-75%の方に効果があるといわれていますが、問題は徐々に効果がわるくなって、この薬だけで痛みの消失を得ることができなくなることがあるということです。
また、薬の副作用としてめまい、ふらつき、眠気、脱力感があり、特に高齢の方には注意が必要です。薬が効かなくなった場合や副作用が強い場合には神経ブロックや手術による治療が必要となります。
経皮的三叉神経節後線維破壊術(グリセリン注入)
三叉神経痛に対する神経ブロックによる治療は、顔の神経が頭蓋骨からでるところで三叉神経をブロックする方法と顔の知覚を支配する三叉神経の走行の元である三叉神経節をブロックする方法があります。
顔の神経が頭蓋骨からでるところで三叉神経をブロックする方法は、顔の神経が頭蓋骨からでる穴に局所麻酔薬や神経破壊薬を注入して三叉神経の枝をブロックします。三叉神経節をブロックする方法は、レントゲンで確認しながら、注射針を三叉神経節に入れて局所麻酔薬を注入し確実にそこで効果があるとしたら、今度は神経破壊薬を入れたり熱凝固システムを用いて神経節をブロックして、痛みをとる方法です。これらの方法で痛みはとれますが、永久に効くわけでなく、何カ月かに一回、良い人でも何年かに一回はこの注射を受ける必要があります。平均すると19ヶ月位の効果があるとされています。
三叉神経痛に対するこれらの神経ブロックによる治療にも、いくつかの問題があり、特に三叉神経節をブロックする方法では、顔面のしびれや感覚障害が後遺症として残ったり角膜障害が起こることもあります。またブロック自体が原因となって、あらたな難治性の顔面痛を生じたりすることがあります。現在これらの方法は、高齢の患者さんや、全身状態の評価から全身麻酔による手術がかなり危険のあるものと判断される患者さん、手術を受けたくないと考えられた方に用いられる治療と考えられています。
経皮的三叉神経節複線維破壊術(グリセリン注入)
三叉神経節に神経破壊薬を入れたり熱凝固を行う代わりにグリセリンを注入する方法で、グリセリン注入後ただちに60%以上の例で痛みが除去されます。そのとき軽度の頭痛を訴えることもありますが、2時間以上持続するものはみられません。神経破壊薬や熱凝固による方法と違い知覚低下は軽度で、40%の例で軽度の知覚低下もしだいに回復してきます。平均して29ヶ月位の効果が続くとされています。
手術による治療(微小血管減圧術)
三叉神経痛を治療する手術である、微小血管減圧術とは三叉神経痛の原因となっている脳深部血管の三叉神経への圧迫を手術によって取り除く方法です。全身麻酔をかけた後に、三叉神経痛のある側と同じ側の耳の少し後ろの皮膚を縦に約7センチ切開した後、その下にある頭蓋骨の一部に五百円硬貨位の大きさの穴を開けます。
次いで手術用顕微鏡下に、その穴から小脳と頭蓋骨の隙間に沿って少しずつ視野を進め、脳深部の三叉神経に到達します。そのあと、慎重に三叉神経痛の原因となっている血管や構造物を捜し出し、それらを注意深くかつ丁寧に三叉神経よりはがして圧迫を取り除いた後に、柔らかいクッションとなる合成化学繊維(ゴアテックスなど)をその部に挿入して再び圧迫が加わらないようにします。その後、切開した硬膜(脳を包む硬い膜)や取り除いた頭蓋骨を修復し、皮膚の切開部を丁寧に縫合して手術を終了します。
最近、三叉神経痛の約95%以上の原因が血管の三叉神経への圧迫であることが明らかになってきましたので、三叉神経痛に対する手術は、病気の根本原因を治療するという意味で、手術そのものの危険性が少ないという条件を満たす限りおいて、最近の主たる治療法となっています。1967年にアメリカのジャネッタという先生が最初にこの治療法を発表して以来、多くの施設でその有効性が確認されています。
三叉神経痛の外科治療に関する、坪川孝志先生の90例の報告(1981~1986)では、97.8%の患者さんに完全除痛が得られ、残りの2.2%にも不完全ながら除痛が得られたとされています。手術の合併症としては一過性脳神経障害6.7%、一過性小脳症状4.4%、無菌性髄膜炎2.2%で、長期にわたって聴神経が障害されたものが4.4%、死亡率は0%で、7%に三叉神経痛の再発がみられたと報告されています。
ガンマナイフによる治療
三叉神経痛の治療にも用いられるガンマナイフは、放射線の一種のガンマ線を用いて、脳内を治療する装置です。主に、脳腫瘍や脳動脈奇形の治療に用いられますが、三叉神経痛の治療にも使われています。ガンマナイフが当たると腫瘍などの組織は破壊されるのに対し、三叉神経に照射すると、顔の正常な運動感覚神経を保ちつつ、神経痛だけが消えてなくなります。
ガンマナイフによる治療は、ガンマ線を三叉神経の根進入部(三叉神経と橋との結合部の2~4mm前方を標的とする)にガンマナイフの照射を行います。その結果、70-90%で痛みが完全に消失すると最近報告されています。しかも合併症として6%に知覚異常が出現(うち2%は6週までに消失)したのみで、その他の合併症もみられなかったといいます。手術的治療ができない症例に体に対する負担が少なく除痛できることは、他の経皮的三叉神経節後線維破壊術よりも安全で、今後さらに利用されるべき治療法でしょう。なお、微小血管減圧術後の再発例にも有効であるとされています。